■協会沿革

2000年8月1日 前身となる日本フレア・バーテンダーズ・ネットワーク (FBN)として発足。北條智之(現FBA JAPAN会長)、石川廣幸(現FBA JAPAN相談役)、久保田琢磨(現ANFA相談役)の3人により「日本における正しいフレア文化の発展」という目的で発足
全国各地でテクニック講習会、アトラクション等でフレアを広める活動を開始。
競技会開催に向けて、世界最大規模のフレア国際大会「2000 Quest for the Best Bartender in the World」に北條と石川が出場。
久保田はT.G.I.フライデーズのフレア国際大会に出場。
2001年12月
第1回FBN 全国フレア・バーテンダー・チャンピオンシップ(後のFBA JAPAN全国フレア・バーテンダー・チャンピオンシップ)開催
※ 2001年FBN主要大会数:11回
2002年10月 米国に本部を置くフレア・バーテンダーズ・アソシエーション(FBA)の東日本代表者として北條、西日本代表者として石川の2 名が、FBA日本代表者に選出される
2002年12月 第2回FBN 全国フレア・バーテンダー・チャンピオンシップ開催
※ 2002年FBN主要大会数:13回
2003年3月 FBN(当時)がFBAアワードの「FBAグロース部門」で表彰される
  岩本博義が世界 大会「Legends 5」(レジェンド5)で世界3位入賞
2003年12月 第3回FBN 全国フレア・バーテンダー・チャンピオンシップを東京・六本木のヴェルファーレで開催
※ 2003年FBN主要大会数:17回
2004年7月

FBNが正式に、FBAの日本支部としての活動を開始名称を現在の日本フレア・バーテンダーズ協会(FBA JAPAN)に変更

2004年12月 第4回FBA JAPAN 全国フレア・バーテンダー・チャンピオンシップ開催(団体名称変更に伴い、同年より大会名を変更)
※ 2003年FBN主要大会数:15回
2005年3月
茂呂俊文が世界大会「Legends 7」(レジェンド7)で世界10位
2005年12月 第5回FBA JAPAN 全国フレア・バーテンダー・チャンピオンシップ開催
※ 2005年FBN主要大会数:14回
2006年3月 前田知憲・武頼の兄弟が世界大会「Legends 8」(レジェンド8)でそれぞれ世界3位、6位に入賞
ほか金城光浩が8位、茂呂俊文が9位に入賞し、決勝10名に日本人選手が4人進出
2006年8月 わが国で初めてとなるフレア・バーテンディング国際大会「インター ナショナル・アルティメット・フレア・チャレンジ」を東京・六本木のヴェルファーレで開催
2006年12月 第6回FBA JAPAN 全国フレア・バーテンダー・チャンピオンシップ開催
※ 2006年FBN主要大会数:19回
2007年3月 成田栄治、大田浩司が世界大会「Legends 9」(レジェンド9)でそれぞれ世界4位、11位に入賞
日本代表選手が世界大会で3年連続の決勝進出
2007年11月 第7回FBA JAPAN 全国フレア・バーテンダー・チャンピオンシップ決勝を名古屋で開催
2008年8月 同年春に新たな 国際団体「WFA」が発足し、現行のFBA双方との友好関係を重視し、日本独自の組織名称「ANFA」に改称
2008年10月 第8回 ANFA全国フレア・バーテンダー・チャンピオンシップ決勝を青森・八戸で開催。
東京・名古屋など大都市以外でのチャンピオンシップ開催は初めて
2008年11月 世界大会「SKYY Flair Global Challenge」で金城光浩が 優勝。日本選手としては初の世界チャンピオンが誕生
2009年3月 世界大会「Legends 11」(レジェンド11)のタンデム部門で矢吹昌也&羽田善行組が日本選手として初のタンデム・ワールドチャンピオンに。アドバンス部門では神村美幸が優勝
2009年11月 第9回 ANFA 全国フレア・バーテンダー・チャンピオンシップ決勝を東京で開催
2009年3月 世界大会 「Legends 12」(レジェンド12)のプロ部門で神村美幸が日本の女性として初めて決勝に進出。総合4位入賞